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男嫌いの女のつぶやきです。私のHNは、日本語で らいてふ と書きます。かの平塚らいてう の書き間違いって意味です。raityou_2004@excite.co.jp


by raityou_2004

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なんか海外とか行っていてのほほんとしてたので、タイミングを逸したんですけど、

「産む機械」発言で有名になった柳沢のおじちゃんて、奥さんいるんだね。

奥さんはなんと思っているのだろーかねぇ。
ああいう男と一緒にいるちゅーのは、どういう気分なんだろー。

てゆーか、所詮こういう発言は人格障害なんだから、死ぬまで直らないんだしさー。

せめて奥さんが検閲するちゅーことはできないのかいなー。

あのおぢちゃん、差別丸出しで、、、、イマドキ珍しいくらいに・・・・・な?
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by raityou_2004 | 2007-02-16 22:21 | フェミ

25年の休暇

買い物に出て「迷子」に=タイ女性が25年ぶりに帰郷

【ドゥソンギョ(タイ)10日】タイで、買い物に出た際に行く先の違うバスに乗ったばかりに25年間、家に戻れなくなった76歳の女性が、このほど、やっと帰郷することができ、家族や孫たちと涙の再会を果たした。≪写真は、孫を抱いて喜ぶ25年ぶりに故郷の家に帰り着いたベウラヘンさん≫
 7人の子供を持つタイ南部、マレーシアとの国境地帯のナラシワト県に住むベウラヘンさんは25年前の1982年、いつものように国境を越えてマレーシアへ買い物に出掛けた。しかし、ベウラヘンさんは帰りに間違えてバンコク行きのバスに飛び乗ってしまった。
 ベウラヘンさんはマレー語の方言しか話せなかったために間違いを伝えることができず、そのままバンコクに行ってしまった。タイ語の読み書きができないべウラヘンさんは、バンコクでまた間違ったバスに乗り、今度はチェンマイに着いてしまった。チェンマイで5年間、物乞いをして暮らした後、87年に中部の県のホームレス・センターに送られた。警察は家族に、交通事故で死亡したのだろうと話していた。
 同センターで20年近くを過ごしていたが、先週、べウラヘンさんの故郷のナラシワト県から、ホームレス問題を研究している学生3人が同センターを訪れた。べウラヘンさんが学生の前で歌を披露したところ、学生たちにはマレー語の方言であることが分かった。
 べウラヘンさんは学生にこれまでの経緯を話し、故郷にはマレーシア人の夫と7人の子供がいることを伝えた。故郷に連絡が行き、6日に家族が迎えに来た。25年もかかった買い物の後にやっと家に帰り着いたべウラヘンさんは、子供や孫と抱き合って喜んだという。



うーん。
25年あったら、言葉も覚えられるだろうし、そもそも歩いて帰れるでしょ?

物乞いする根性があれば、余裕ではないのかな?


いや、、、でも私の母も25年放浪しそうだな。
言葉は子供の頃覚えた道南弁しか離せないし、ものすごく方向音痴だったしなー。
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by raityou_2004 | 2007-02-13 22:22 | 癒されるぅ